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【2012.12.16 Sunday 】 author : スポンサードリンク
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「的を得る」正当説の否定 "Unfounded"
結論
以下の根拠から、それでもなお「的を得る」は誤り。

現状はこうなっている。
1.「的を射る」「当を得る」という表現が正しいとされてきた。
2.「的を得る」という発言が増え、1.を説きそれを誤りだとしてきた。
3.「的を得る」にはそれが正当な歴史的経緯があるという説が浮上。

私はこれに冒頭の結論を加える。
4.それでもなお「的を得る」は誤り。

3.の概要は以下の通り。
中国古典・儒教の書物に「正鵠を得る」「正鵠を失する」という言葉がある。
正鵠とは的の黒星のこと。
「得失」で中り外れを言った。やがて正鵠が的に変わるのも自然。
「射る」では矢を飛ばすだけで中ったかどうかわからない。
しかも過去には「的を得る」を使用していた人がいた。

3.への反論は以下の通り。
A.過去の使用例は正当性の根拠にならない。
B.「正鵠を得る/失する」から「的を得る」に演繹する根拠が無い。
C.「得る」の意味は「中る」であると帰納する根拠が無い。
D.「射る」には「目的物に中てる」という意味がある。

A.過去の使用例は正当性の根拠にならない。
過去の使用例が反例となるのは「元々全てが『的を射る』であった」に対してのみ。
過去に誰が使用したとしても、その使用が適切だったかどうかとは無関係。
弘法大師すら応天門の「応」の字を間違えた。(弘法も筆の誤り)

B.「正鵠を得る/失する」から「的を得る」に演繹する根拠が無い。
「正鵠を得る」と「的を得る」が当然のように結ばれているが、根拠が無い。
勝手に表現を変えても良いのなら、
それこそ根拠や論理から得られる正当性ではなく「何も知らないで誤用を使っている人」の正当化に他ならない。

ところで正鵠は的の黒星と言われているが、その黒星の大きさはご存知だろうか。
日本の近的の話になるが、直径は4寸=約12センチ。意外と大きい。
また、正鵠の「鵠」の字は「まとの中央のしろい星」の意味。(漢字源より)
的の中央が黒丸なのは「星的」という。これの中央の黒星を単に「星」という。
それとは別に、「霞的」という、中央が白い縞々同心円の的がある。これの白星を「がん」という。
(おそらく漢字では「眼」。かなめ、要点という意味から。)
弓を持つ者にとって、正鵠とは的の中央のごく一点で、描かれた円ではない。

C.「得る」の意味は「中る」であると帰納する根拠が無い。
「得失」が「中り外れ」を意味すると古典を参照するが、当然イコールではない。
これも単なる使用例で、使用例から一般へ帰納する根拠が無い。
一般的ではないから、中る事なら何にでも「得る」と言って良いわけがない。

そもそも「得」には「物理的に当たる」という意味はなく、
「得」の「あたる」は、「うまくあたる、つぼにはまる」の意味。(漢字源より)
対義語は「失(はずれる)」。
おそらくは、求めていた状態と合致すること。それが「あたる」という意味の「得」。
その解釈では、「正鵠を得る」とは「正鵠を求め、それに現実が合致する」という構成。
「得意」とは、この意味の例に載せられていたが、「意を得る」こと。
意図した状態と現実が合致するのだろう。

弓道では中り外れを「的中」「失中」と呼ぶ。的に中る、中りを失する、の意味。
日本弓術史2千年、流派を遡って千年近くは伝書があるはずで、
私が確認したのは約400年前の伝書だが、的に中ることを「得」とは言わない。

D.「射る」には「目的物に中てる」という意味がある。
古典の使用例を挙げて「矢を飛ばすだけの意味」だとしているが、その帰納には根拠が無い。
言い換えると「射かける」の意味としかとっておらず、「射ぬく」意味はないと言う。
(「かける」は動作始めの弱い意味。「ぬく」は動作終わりの強い意味。)
漢字源「射」には、に「ねらって的にあてる」と記されており、
広辞苑「射る」にも、△法嵬陲簔憧櫃鯡槁犬砲△討襦廚判颪れている。

弓道では「弓を引く」とは「弓を引いて矢を放ち稽古をすること」である。
「弓を以って矢を射る」は「射かける」、「的を射る」は「射ぬく」の意味で使う。
「射(しゃ)」とはその人の、射る際の姿形や内実や作法を指す。
「弓矢執る身」とは武士を指す。つまり表現は比喩や慣例も含み、意味の一例に過ぎない。
中てるという意味がないというのは、ただの勉強不足。


結論
4.それでもなお「的を得る」は誤り。


余談
反論は受け付ける。嫌いなのは思考停止と終着宣言。

「射る」ではピンとこないという人は、おそらく的を射る迫力を知らないのだろう。
近くで見たら、ああ、これは死ぬな、と思う。
(普通は近くで見ることはないが、学生弓道には看的(かんてき)という、比較的近くで的を見る役割がある。)
中り外れの可能性とは関係ないが、ニュアンスやイメージとして。
弓矢を使った表現が多く、しかし弓矢に馴染みがない人が多いのは、現代では仕方がないが。


TB
tak shonai's Today's Crack (今日の一撃) 「的を得る」 は、間違いじゃない
【2008.01.22 Tuesday 21:00】 author : サンスベリア
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【2012.12.16 Sunday 21:00】 author : スポンサードリンク
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この記事に関 するコメント
「的を射る」側からのこれだけの主張は珍しいですね。
では、「的を得る」側からの意見を言わせてもらいます。
3のCで「一般へ帰納する根拠が無い。」とおっしゃってますが、一般云々の話をすると、「的を得る」は、もう一般を獲得してるのではないでしょうか。
あと、「的を得る」側からのこじつけたと取られかねない主張に対する反論のため、今回のような主張になってると思いますが、「的」の方を弓道の「的」ではなく、「核心」や「要点」と考えれば、問題ないのではないでしょうか。
| ジロー | 2008/07/11 2:33 PM |
コメントありがとうございます。

あくまで私の認識ですが、冒頭にもある通り、
現在は「有名な誤用に正当説浮上」の段階だと思っています。
有名だろうと使用例が少なくなかろうと、それが実際正しいか正しくないか、どうあるべきなのか、という話です。

また、3−Cで述べているのは、「得る」という単語の使用方法に関して、一部の使用例から意味を帰納して良いのか、ということであり、「的を得る」自体が一般的かどうか、という話ではありません。

「的」という単語については、仰られているような意味は比喩であって、
先に弓矢ありきの単語だと思いますよ。
だから弓矢に疎い人がこぞって「『射る』ではピンとこないから『得る』がいい」なんて「的外れ」なことを言うのでしょう。
| サンスベリア | 2008/07/16 9:46 PM |
現実の威力ある矢の命中を念頭におくと射るでは不自然なほど「強すぎる」となると思うのですが。的を得るを間違いとは思わない
人間は50%を越すらしいです。【文化庁】
また漢文的素養のある人間にとっては自然な表現らしく、
現在の用法の多数派と語源的由緒が味方しているといえそうです。
以上の点を考えれば的を得るを誤用とすると他のさまざまな
表現にたいして誤用とする一般的立場と矛盾するため的を得るの許容は自然な立場といえると思います。
| あさ | 2008/08/15 6:25 PM |
コメントありがとうございます。
しかし、ここはこの件に関する貴方の意見を「自由に」述べる場ではなく、
「私の意見に対して」貴方の意見を述べる場です。
せめて、上記の記事をよく読み理解した後、
「どの部分に関して」「どういう根拠から」「どう考える」と言った形での意見をお願いします。


2文目(50%を超える)、
3文目(漢文的素養)に関して、
大事なのは「何が正しいか考えるべき」というスタンスであり、
貴方が主張しているのは、多数論証や自然主義の誤謬や結果論で、思考停止という悪癖です。
文化を何ら良い方向へ導きません。
1、4文目に関しては、失礼ですが意味がわかりかねます。


私の意見をより理解するために、以下の記事をご参考にしてください。

「言葉は生き物 "Not Owner Are You"」
http://tiger-tailed.jugem.jp/?eid=77
「後付・結果論」
http://tiger-tailed.jugem.jp/?eid=86
「詭弁の分類・注意すべき誤謬」
http://tiger-tailed.jugem.jp/?eid=91
「思考停止が何故いけないか "No Reason To Stop"」
http://tiger-tailed.jugem.jp/?eid=127
「憮然・檄を飛ばす・煮詰まる・さわり。誤りは正そう」
http://tiger-tailed.jugem.jp/?eid=184
| サンスベリア | 2008/08/17 9:21 PM |
先日「射るが正しい」に対し「今では『的を得る』も正しい」なる主張を目にしたのに違和感があり,「的を得る」で検索したところ,結構な順位(恐らく上から20〜30は見ました)で漸くこの記事に辿り着けました。
ここで一息付けそうです。

それまでの数十の記事に対し納得できなかったのは,「そもそも言葉は生き物で意味は変わっていくんだし」「結局はフィーリングなんだから」「どちらを支持する(あるいはしない)にしても声高にならないことですね」程度で済ませているところばかりだったところです。
私も別に宴会の雰囲気や通行人の会話に割って入ってまで正しい方をと叫べとは思いません。
ただ,例えば教育の現場などでどう教えるべきか(決して教師だけが考えれば良い話ではないはずです)考察したかったのですが,主張に対して責任も覚悟も持たない文章が多すぎると感じました。


最後に挙げられている記事,特に「言葉は生き物」も気持ちが良かったです。
この表現も以前から気味悪さを覚えていたので,すっきりしました。
| 柴宮両兵衛 | 2008/10/30 1:24 AM |
コメントありがとうございます。
お気に召されたようで何よりです。

なにぶん拙い文章で、お世辞にも読まれやすいとは思いませんので、
よろしければ結論を噛み砕いて、
柴宮さんから周りの方々を説得してみてはいかがでしょうか。
| サンスベリア | 2008/11/25 9:47 PM |
大変勉強になりました。そして的を得るは間違ってると確信しました。

‐的に命中させて点数を得る‐自分はこの感覚で『的を得る』と使ってましたが(ダーツ感覚(笑))、
‐的確に中心を射抜く‐これからはこの感覚で『的を射る』を使います

ありがとうございました。
| ふと射る得るどっちかなと思った男 | 2009/12/05 5:34 AM |
コメントありがとうございます。
お返事が遅くなってすみません。

よろしければ周りの方々にもご説明していただけると、
壊れやすい日本語が、もう少し丁寧に扱われるのではないかな、と思います。

またいらしてくださいね。
| サンスベリア | 2009/12/27 9:00 PM |
管理者の承認待ちコメントです。
| - | 2010/04/04 12:35 PM |
現在、業者対策としてコメントを承認制にしています。

上のコメントは業者ではない正常なコメントですが、以下の理由から非表示のままにします。

 ・論点が不明瞭であること
 ・根拠が希薄であること
 ・思考停止であること

  →長文かつ上記の理由より、第三者が読んでも不毛なため

反論やご意見をくださるのは結構ですが、
上記を踏まえて、もう少しまとめていただけると幸いです。

例えば、
 ・私の認識との差異は何なのか。その根拠は何か。
 ・1人の講師が唱えた正当説を免罪符にして自己肯定をするエイプをどう思うか。
 ・考えて使用している人間と、無知で誤用している人間を同等に肯定してよいのか。
 ・勝手に新しい言葉を作ってもよい根拠は何か。それは無知ゆえの誤用とどう違うのか。

 ・総じて、「現状と今後がどうあるべき」を「考えた」末の主張か。
| サンスベリア | 2010/04/05 8:20 PM |
頂いた3つのコメントに対する返信は、以下記事で行っています。
よろしければご確認ください。

「「『的を得る』正当説の否定」のコメントへの返信」
http://tiger-tailed.jugem.jp/?eid=339
| サンスベリア | 2010/09/17 9:53 PM |
管理者の承認待ちコメントです。
| - | 2011/09/16 8:50 PM |
ほぼ、同じようなことをぼんやりと思ったところで、
"それでも「的を得る」は"
という無理やりなキーワードでググってみました(笑)

ここまでドンピシャなのがあって嬉しいです。
特に3Bあたりはいくら探しても出てこないんで
不満に思ってました。
少し、すっきりしました。
| dekavita | 2012/11/25 7:41 PM |
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