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【2012.12.16 Sunday 】 author : スポンサードリンク
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「『的を得る』正当説の否定」のコメントへの返信

「的を得る」正当説の否定 "Unfounded"」という記事でコメントを頂いていたのだが、
返信をずっとサボっていた。

コメントは承認制である。私が承認しないと表示されない。
私の独断によれば、これらのコメントは、表示させるには読み手に悪い。
とはいえ、削除するには書き手に悪い。

よってここでまとめて返信し、当該コメントを削除する。


>ビフ 様
どうやら前提の認識に違いがあるようですね。
残念ながら、前提が違う場合は話し合いが成立しませんし、推測は前提になりません。
(前提:昨今の「『的を得る』は間違いだと言われていたが、正しいという説があるぞ!」という風潮)

> もちろん「現状と今後がどうあるべきかを考えた末の主張」です。
こちらは大変結構なことで、その姿勢を是非周りの方々にもお伝え下さい。

ところで、
「『正鵠を得る』から『的を得る』を作る行為が正しいという根拠はなく、誤用の正当化とさして違いがない」
とは言いましたが、
『正鵠』と『的』を同一視する人間は弓矢の見識が甚だ浅く、門外漢が勝手に弓矢の言葉を作るな。
とはっきり言った方が良かったでしょうか。
(やんわりとは言ったのですが)


>「正鵠を得る」派 様
「『的を得る』は誤用」との意見(何の誤用かは別として)には相違ないのですが、
言うなれば、それなら仲良くしましょうよ(笑) 「敵の敵は味方」でしょう?

> 戦前の文章では「的を得る」の用例はほぼ皆無のようですが、「的を射る」の用例も少ないです。
> これらの事実に対して、「正鵠を得る」の用例は多いです。
使用例は参考になりますね。が、その後の安易な推測は禁物です。

そもそも私のは「正当説の否定」です。「的を得る」を正当化する主張には穴がある、という。
最終的に正解が「的を射る」でも「正鵠を得る」でも構いません。


>匿名 様
> なんて表現を使えるような人間性の持ち主であることに少しは恥を感じて貰いたいものです。
> 思慮分別があるとはとても思えません。
これは対人論証の一つ「人身攻撃」と呼ばれるもので、真っ当な話し合いをする際に使用される技法ではありません。

ところでその対象となった私の言葉「1人の講師が唱えた正当説を免罪符にして自己肯定をするエイプをどう思うか。」の内容については、どうでしょうか?

そして貴方は「言葉の誤用に道徳的、倫理的な罪は発生しません」と言いますが、
発生するから言っているのですよ。
正確には、過ちて改めざる行為、つまり誤用と認めず正当説を引き合いに出して、思考を停止して自己主張をする行為は、罪です。
文化に対する罪

知らないし考えない人間を馬鹿と呼ぶのなら、民主主義では、
馬鹿が多数であれば、その支持する安易で簡素で幼稚なものばかりが採用される。
その結果が正しいという保障はない。

それは劣化であって、衰退である。
だから、たとえ言葉は厳しくても、言わなきゃならないんです。
仲良しこよしの、自由・平等主義ではいられないんですよ。
「蒙昧十字軍」に蹂躙されたくなければ。

【2010.09.17 Friday 21:51】 author : サンスベリア
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【2012.12.16 Sunday 21:51】 author : スポンサードリンク
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